お立ち寄り本当にありがとうございます。
ミミです(๑•̀ㅂ•́)و✧
我が家には、少し場違いかもしれない器がひとつあります。
褐色で、どっしりとした趣のある茶碗。
手に持つと、ずしりと重みを感じる一碗です。

15年以上前、仕事関係で知り合った年配の方から頂きました。
その方は趣味で陶芸をされていて、いくつもの茶碗をつくっておられました。
ひとつひとつ表情が違い、どれも味わい深い。
「素敵なご趣味ですね」
そんな会話から始まり、気づけばその中の一碗を譲り受けることになったのです。
正直に言います。
ワタクシ、茶道は全く嗜みません(苦笑)
茶碗を頂いても、宝の持ち腐れになってしまうのではないか。
そう思い、一度はお断りしました。
すると、その方はこうおっしゃいました。
「茶碗だからと型にはめる必要はないよ。好きなように使って下さい。」
その言葉と一緒に、この茶碗は我が家へやってきました。
そして現在。
この茶碗は――
お茶漬け、そして山芋をすった“とろろ”専用茶碗として活躍しています。
抹茶は一度も点てていません。
茶筅(ちゃせん)も持っていません。
でも、15年間、我が家の食卓で働き続けています◎
とろろを受け止め、
熱いお茶漬けを包み込み、
何度も何度も洗われながら。
もしかしたら、茶道の世界を嗜む方から見れば、
「もったいない」と思われるかもしれませんね。
けれど――
型にはめなくていい。
あの言葉のおかげで、
この茶碗は棚の奥に眠ることなく、
ずっとワタクシの暮らしの中にあります。
お金という物差しで測れば、高価ではありません。
歴史的な価値があるわけでもありません。
それでも、ワタクシにとっては、つくり手の方の想いがたくさん詰まった一碗です。
15年、とろろとお茶漬けを受け止めてくれた器。

それだけで、ワタクシにとっては十分、高価で価値のある茶碗。
抹茶は点てられないけれど、
この茶碗は、ちゃんと私の暮らしの中にあります。
最後まで、お読みいただきありがとうございます。